方向幕あれこれ その2【前編】
手書きの幕ですが、経由地から判断、後から追加したものと思われます。ダイヤ改正による幕自体の継ぎ足しも、よくあったように思います。
 岩手県交通の方向幕と言えば長年続いた「手書き」が一般的でしたが、盛岡市のオムニバスタウン事業が始まった頃からはフルサイズの「印刷」方向幕が主流になり、方向幕としては正面のみだった時代から首都圏ではおなじみの側面・リアにも装備された3連動方向幕の時代へと大きく変化しました。
 今回の「その2」では、かつて主流だった「手書き」の方向幕を紹介します。路線改変とともに行き先も追加されましたが、操作は長年「単動」方式だったことと「内製」をしていたこともあり、幕の継ぎ足しも比較的容易だったように思います。
↑方向幕のサイズが拡大されたCLM以降でも、一部の車輌はこのように、従来のサイズの幕が流用されており、このような「手書き」の幕も引き続き多く使われていました。
↑方向幕が全面的に「印刷」に切り替わって以降も、引き続き小型サイズで使われていた車もありました。
左の車同様、巻き取り機の中に巻き取り機が入っている…という感じもします。
 
↑一方、盛岡地区では後に、「ようやく」フルサイズの印刷幕も出てくるようになりました。左の車とは、フォントが若干違うと感じます。
滝沢営業所の方向幕は伝統的に?、行き先の文字が青色になっています。
↑廃止された、水沢〜大船渡間の特急バスの方向幕で、明らかな「手書き」です。現在では見られませんが、以前はこのように「種別」のサボを掲げていたケースが多かったと思います。
↑現在は僅か1往復となってしまった、一関〜さかり間の特急(当時)バスの幕です。手書きですが、印刷幕をなぞったように思われます。
右側には、方向幕を回転させるスイッチが見えます。
↑盛岡地区から一関へ転じたCJMです。幕自体はBUからの流用と思われますが、幅が狭いためこのように右側に寄せて、余ったスペースにも幕を入れ、系統幕「風」に見せています。
幕はフルサイズですが、文字のサイズがBU以前のものに対応したままと思われる、一関地区の幕です。手書きのためか、文字が掠れています。
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